親父に麻雀を覚えさせられ、小学生の頃からやっていた。
小学6年のとき、初めて役満(大三元)をあがり、手の震えが止まらなかったのをよく覚えている。
一人っ子で両親と3人家族だったので、はじめは親戚が来たときや、会社の旅行についていったときなどにやっていた。中学になって、親父がお袋にも麻雀を教えて、家族で3人麻雀をするようになった。
1000点10円でやっていたが、いつも親父が一人勝ちで、小遣いを巻き上げられていた。賭けは神聖、というのが口癖で、どんなに負けても負け分を勘弁してはくれなかった。
高校になった頃から自分も勝つようになった。お袋が一人負けばかりになり、段々と食事が貧しくなってきて、自然と家族麻雀は終わりになった。
大学に入るとき、放任主義の親父が珍しく2つ注文を付けた。1つは、絶対に留年をするな。そしてもう1つは、絶対に麻雀の誘いを断るな。
駒場の構内にあった学生寮に入り、親父の言いつけを守ろうと頑張ったのだが、そのうちこれは両立不可能だと気付いた。止むを得ず、後者だけでも守ることにし、1年生を2回やった。
麻雀とパズルに明け暮れた学生生活だった。
親父が何を考えてこんな注文をつけたのか、今となっては確認する術もない。
- 2006/07/10(月) 00:31:03|
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物心つく前から、我が家は夜毎雀荘と化してました。
(1年の内350日以上・・・)
メンバーの中に医者がいたので、急患が運び込まれるぐらい・・・。(アソコに行けば居ると)
一人で過ごす夜が多いのも、私がパズルの道に進み始めるきっかけだったのかも知れません。
常連だった仲間も次々旅立ち、使われなくなった部屋は2年前に改装されてしまいました。
- 2006/07/10(月) 11:35:14 |
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- SAE #PkLqY056
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中澤さん。駒場寮はもう無くなったと風の噂に聞きました。ちょっと残念な気もしますが、あんな汚いところはつぶして正解だと思います。
SAEさん。350日以上はすごいですね。私も今では学生時代の仲間と年に1度打つかどうかです。ジャラジャラかき混ぜる手積みの感触はもう忘れてしまいました。
- 2006/07/11(火) 01:09:02 |
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- タロタロ #-
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駒場の寮食はよく利用しました。そんなに混んでいないので。
そこへ行く時、当然駒場寮を通過するわけですが、「きたないなぁ」と思いましたね。
(あんたが言うか!)
- 2006/07/11(火) 10:32:23 |
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- 中澤吉明 #-
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